LOGIN衛兵の隊長と思わしき男性が、集まった皆に号令をかける。
「これから魔物調査に向かう!対象の魔物は数も種類も不明だが、
岩山を消し飛ばしたという報告が入っていることから二段階目までの強さは覚悟しておくように! またここからそう遠くない場所になる。最初から気を引き締めるように!」街の大門がゼンマイ仕掛けでガチャガチャと音を立てながら開いてゆく。
いざ行進を開始するというタイミングで背後から声がかけられた。「貴方も調査に参加するのね」
「明日に差し支えると困るからね。そういう君は?」
「大体は貴方と同じ。店主さんにも頼まれたし」
二人の会話を遮るように号令がかかる。
「調査開始!」
気合をつけた隊長が先陣を切って進んでゆく。
彼の位置は隊の後方、彼女はやや前方に配置されている。
目的の場所にはすぐに到着した。
岩山が消し飛ばされたとされる場所は、確かに魔力濃度が異常に高い。元来魔物がポップする仕組みは、周囲の魔力が形を成したもので、
強さは六段階で分類される。出発前に隊長が説明していた二段階目までの魔物なら、
集まった人数だけでも対処が可能だろう。彼が出るとしたらそれよりも上の段階の、不測の事態が発生した時だけだ。
彼は様子だけ見には来たが、動くつもりは全くなかった。
(一・二段階目ならあの金髪の彼女だけでも十分に倒せるはず)
しかし、彼の期待は大きく外れることになる。
出現したのは四段階目のユニコーン。
パワーはそこまでないが、高い知能と俊敏性、魔法も使用してくるという報告書もある。
大型パーティになればなるほど、ユニコーンのサイズの小ささを考えると苦戦が強いられる。
力量的には五段階目と互角に渡り合える手練れが数人で討伐する魔物なのだ。主な生息地は、魔力溢れる人間が近づかない緑豊かな “深域”や、
ダンジョン奥地のトラップに引っかかったときに出現するような魔物のはずだ。こんな魔力濃度が本来薄いはずの岩山地帯にポップするはずはない。
岩陰に隠れてユニコーンの様子を伺う。
暴れまわるタイプではないが、こちらが刺激を与えればその限りではない。
衛兵の副官と思わしき人物が、隊長に耳打ちする。
「相手はユニコーンです。我々だけでは対処ができません」
「うむ、それはわかっているが、ここで撤退して住人や行商人に被害が出てからでは遅い」
考え込む隊長だが、具体的な作戦が出てこないだろうと判断した金髪の彼女は
一度持ち場を離れることを隊長に告げ、後方に足を運んだ。「というわけで、貴方に手伝ってほしいの」
少し間をおいて
「わかった、協力しよう」
彼が承諾すると金髪の彼女が目をぱちくりする。
「え、協力してくれるの?」
「君がお願いしたんだろ」
「絶対断られると思った──。なら早速作戦を立てましょう」
「少し声の大きさを落とせ。奴は耳もいい」
ちらっと金髪の彼女がユニコーンを確認したが、
こちらにはまだ気づいていない様子。ハンドサインで少し遠くに移動し、二人だけの場所へ移動する。
「あのユニコーン、ちょっとおかしいと思わないか?」
「おかしいって、何が?」
「ユニコーンが確認されてから、周囲の魔力が全く減ってない」
「言われてみれば、こんな元々魔力が薄い環境で周囲に散っていかないのはおかしいわ」
無言で彼が頷く。
「俺は魔力をこの場所一帯に固定する魔術がかけられていると考えている」
「なんのために?」
「それは俺にもわからんが、奴がポップしているにも関わらず、
魔力反応はいまだ顕在。可能性は薄いが、もう一体ユニコーンがポップしても不思議はない」金髪の彼女の表情に緊張が走る。
「もう一体ポップしたら間違いなく死人が出るわ」
「そうだ、いくら俺や君が強かったとしても、この人数を守りながらの戦闘は不可能だ。
だからもう一体が出てくる前に、この結界空間を破壊する必要がある」「簡単に破壊するなんて言うけど、方法はあるの?」
「ある」
自信に満ちた表情をする彼を見てすぐに納得する。
「そう、なら信じる。結界については任せるわ。
私は隊長にユニコーンを刺激しないように進言してくる」「頼んだ」
「そういえば、この結界を──」
結界を作った魔術師はどうするのか聞こうと振り返った時には、彼の姿はもうなかった。
(また消えた…)
周囲を見渡すが彼の姿はどこにもない。
今は探しても仕方がない。切り替えて金髪の彼女は隊長の元へと駆け足で向かい、 事情を説明するべく動き出した。高度三百メートル付近、彼は空中にいた。
地上の様子がよくわかる限界の高度まで上昇した彼は考えていた。
あの時彼女と話していないことが一つ。 そもそもユニコーンが自然にポップすること事態ありえないレベルの確率なのだ。もう一体ユニコーンがポップする可能性について彼女は疑問を持たなかったが、
一体ポップしている以上、結界以外にもユニコーンが“人為的にポップさせられている” 可能性も考慮する必要がある。考えを整理しながら見渡していると、新しく大きな魔力を感じる。
ここから更に岩山の向こう側に、二体目のユニコーンがポップしていた。「ついてるな」
ユニコーンがポップした地面に、何やら魔法陣が敷かれていたのが分かった。
おそらくユニコーンを召喚するための陣だと推測できる。彼は表情を少し緩めたが、すぐに表情を引き締める。
まずは二体目のユニコーンを討伐しなければ、下にある魔法陣の破壊は困難だろう。
衛兵たちは一体目のユニコーンとの睨み合いが続いているが、
二体目まで現れては間違いなくパニックを引き起こすだろう。もしそうなれば金髪の彼女が言っていた通り間違いなく死人が出る。
結界の大元はまだ発見できておらず、今ここで魔法や魔術を行使すれば、
更に魔力濃度の上昇を引き起こしかねない。ここは剣で奴を断頭し、確実に仕留める必要がある。
彼は空中で帯同させていた剣に命令を出す。「回れ」
命じられた剣はゆっくりと回転数を上げていき、
すぐに剣の形が分からないほどの回転を見せる。これ以上回転数を上げて「音」を出せば下にいるユニコーンや彼女たちに気づかれてしまうため、
ユニコーンを仕留められる回転数を計算して維持する。新たにポップしたユニコーンの注意を逸らすために、
魔力糸を石ころまで伸ばしユニコーン近くの岩めがけて突進させる。岩に石ころが激突し、音が響く。
驚いたユニコーンは音の発生源に注意が向き、首の位置が後ろになったところで背後から必殺の回転刃が
いとも容易くユニコーンの首が胴から分かたれ、魔石の姿へ還っていった。三体目が出現する前に、魔法陣を破壊するべく付近に降り立つ。
魔力糸を魔法陣に接続すると、彼の魔力が凄まじい速度で吸収される感覚があった。
どうやらこの魔法陣に描かれている文字を読むと周囲の魔力を吸収する効果
魔力を閉じ込める結界の効果 吸い上げた魔力を糧にユニコーンを召喚する効果の三つが組み込んであるようだ。
円形に構成されている魔法陣は内側から難易度別に大きさを変えており、
内側と外側の命令式との間に術式同士が相互干渉しないよう、
命令式ではなく象形文字に近い形状の模様がいくつも連結されている。魔法陣を描いている材料は、魔石を液体化させた塗料のようなものだ。
高価ではあるが、大きめの魔術学校に行けば目にすることは難しくないだろう。魔法陣を作成した者は相当魔術に精通している。
壊すのは簡単だが、 もう少し見ていたくなるような気持になるほど 美しく組まれた魔法陣を塗料ごと空中に引っ剥がし、 命令式を繋ぎ合わせている象形文字を強引に変更する。すると絶妙なバランスで効果を発揮していた魔法陣は自ら自壊を始め、
バラバラに崩れていく。ユニコーンの角と魔石を素早く回収してから、
最初に発見したユニコーンの元へ地上から戻る。「お待たせ。結界は破壊した」
「わっ!急に話しかけないでよ!びっくりしたじゃない!」
「わかった。悪かった。だから静かに」
「大体貴方はさっきも急に…!」
ここで自分が大きな声でまくし立てていたことに気づくが、
ユニコーンがこちらを凝視して甲高いうめき声をあげて突進してくる。「恨むぜ嬢ちゃん!」
「ごめんなさい!」
百キロ近い速度で突進してくるユニコーンを寸でのところで回避したが、
更に追撃をしてこようと頭のおでこ付近に生えている角に、全身から魔力を集中しスパークを始める。
魔力を電撃に変換する効率は他の魔法と比べて低い。
帯電しきるには時間がかかるはずだが、さすがは四段階目の魔物。五秒とかからず帯電を完了させ、こちらに狙いを絞る。
距離が離れていないこの状況では、
電撃の速度なら一瞬でこちらまで到着してしまうだろう。ユニコーンが電撃を放つ寸前、空から鉄製の剣が無数に落下してくる。
無造作に地面に突き刺さった鉄製の剣には目もくれず、 正確に狙いをつけた一撃が彼女達に襲い掛かる。しかし、ユニコーンが放った電撃は途中で鉄製の剣に軌道を変えた。
直撃すると身構えていた彼女達は、
電撃が未だに全身を焼くことがない事実に驚きの表情を浮かべ、思わず溢す。「電撃が曲がった!?」
彼女達とユニコーンは軌道を変えた電撃に驚きを隠しきれず、
少しの間狼狽していた。知能の高い魔物は脅威だが、
予測できない事態が起きると少しの間固まることも特徴だ。先ほどのように回転刃を使えば断頭する好機だったが、彼はそれを嫌った。
右足を地面に突き刺し、剣を右中段へと構える。
今度は魔力で全身を包み込み、ユニコーンへ突進。
瞬間的に速度を上げられた体が強烈な慣性で軋みを上げるが、
鍛え上げられた肉体はそれを可能にしていた。ユニコーン以上の突進速度で一瞬のうちに剣の間合いに入る。
勝負は一瞬。
急激な彼の突進に急いで距離を取ろうと一歩下がるがもう遅い。
ユニコーンが断頭されたことに気づくよりも速く中段から
横一閃に振りぬかれた剣は音速を超え、 振り切った剣が静止したに衝撃が周囲に走り、音を置き去りにした。一瞬の出来事に周囲からの歓声はなく、あるのは恐怖と驚きだけだった。
そんな中、目をキラキラと輝かせてこちらに走り寄ってくる影が一つ。
金髪の彼女だ。
「今の一撃は何?!音が遅れて聞こえたのだけど!
あと空から降ってきた剣も貴方の作戦よね! あれは電撃が軌道を変えることを知っていたってことよね!?ねっ!」早口で状況をまくし立てる彼女に周囲も個人差はあれど、
(やるな兄ちゃん!)
(恐れいったよ!)
と歓声が上がり始める。
あまりのテンションの上下にクラクラしそうになるが、
自分が子供の用にはしゃいでいることを自覚したのか恥ずかしがって頬を少し染め、顔を反らす。「まずは私の失態を何とかしてくれてありがとう。
礼を言うわ。私の名前は──」彼女が自己紹介を始めようとすると、そこで待ったをかける人物が現れる。
「おっと嬢ちゃん、それ以上はいけねぇ」
「えっ、先生、どうしてここに」
彼女の質問に答えることはなく、
大柄だが白髪交じりの無精ひげを生やし、 腰には日本刀を二本帯同している剣士と思われる老人が待ったをかける。「俺からも例を言わせてくれ。
ボウズが嬢ちゃんを助けてくれなきゃ、俺が出ることになっていた。それに」彼の耳元に寄って小さく囁く。
「─────────」
緩みかけた空気が一瞬で緊張感に包まれる。
上がっていた歓声はピタっとやみ、彼の近くにいた金髪の彼女も冷や汗を滲ませる。その緊張を破ったのは、やはり白髪の剣士だった。
「怖いねぇ。ま、このことは老い先短い墓までもっていくからよ」
「───────────────」
とまたも口パクで彼を煽り、金髪の彼女を連れて街へそそくさと引き返すのだった。
街に戻り、宿屋に戻る。
彼がユニコーンを討伐した噂がすでに広まりつつあるようで、
情報の早い女店主に何やら褒められた気がするが、 頭の中はあの白髪の剣士でいっぱいだった。適当に風呂と食事を済ませ、水に魔力糸を接続して空中に浮かせ、変形を始める。
この作業はいい。頭の中が整理されていくのを感じる。声をかけるまで気取られない体裁き。
話している最中でもぶれない姿勢。あの時、仮に切りかかっても初撃は防がれていただろう。
明日の大会に奴が出場しているのなら、遅かれ早かれ対戦することは間違いない。
勝つことを考えると、いくつか観客の前で技術を披露する必要が出てくる。だがそこまでする必要があるのだろうか?
今回のユニコーンの討伐報酬としてある程度の額は特別報酬として
冒険者ギルドを通して受け取っている。 当初の目的である日銭稼ぎは達成していると考えてよい。ならば、明日の大会は無理に自分の技術を見せびらかす必要はないのでは…
考えが棄権する方向に傾きつつあると、扉をノックする音がする。
金髪の彼女だろうか。だが、今彼女と話すつもりはなかった。大方ユニコーン討伐後に現れた白髪の剣士の無礼を詫びるとかそんなところだろう。
だが、扉の前にいたのは金髪の彼女ではなく、店主の娘だった。「お兄ちゃん、入ってもいい?」
「どうぞ」
「お邪魔します」
ベッドに座っていると隣に座ってもいいか目線で訴えかけてくる。
手招きすると少女の表情は明るくなり、少し勢いをつけてベッドに座ってくる。「お兄ちゃんが危ない魔物を倒したってホント?」
「ああ、本当だよ」
「すごーい!ねぇねぇ、その冒険の話をもっと聞かせて?」
冒険。冒険か、懐かしい響きだ。
幼い頃、自分も英雄を夢見て冒険と評した探検をよくしたものだ。すると彼の顔を覗き込んだ少女がふふっと笑った。
「お兄ちゃん、やっと笑ったね!すごいことをしたのに、
帰ってきてからずっと怖い顔していたから」「ごめんな。ありがとう」
心配そうな顔をする少女の頭を軽く撫でる。
「お兄ちゃん、くすぐったいよ」
まだ幼い子にまで心配をかけて、自分もまだまだ精神的に幼いことを自覚する。
それから女店主に怒られるまで、今日あったことをわかりやすく少女に話すのだった。
別れ際に、少女から「明日の大会、絶対見に行くから!頑張ってね!」
「かっこいいところを見せられるように頑張るよ」
旧王朝がまだ栄えていた頃、いや、革命により没落する前、レルゲンは庭で遊んで、勉強して、少し昼寝をして、また勉強して。そんな王朝の中では平和と呼べる日常だった。幼い頃は常に両親の言う通りに生活し、決まった事を決まった通りにこなす日々。そんな日々にも疑問は持たずに、二年の月日が流れた頃、ある魔術師が小綺麗な鞄を片手に訪問してきた。「皆さん、本日はお招き頂き恐悦至極。私はナイト、ナイト・ブルームスタットと申します」「ようこそナイト殿、我が王朝へ。さっ、長旅でお疲れでしょう。どうぞお寛ぎを」レルゲンの父が挨拶を返す。普段は自分こそここの主人だと言わんばかりの態度だが、このナイトと呼ばれた人物は、父が畏まった態度に出る程の人物なのだろうか。幼い頃のレルゲンは新鮮な気持ちになり、それは青年になった今でも鮮明に覚えていた。「おや?そちらが“例”の?」「ええ、シュトーゲンになります」初めは父の後ろに隠れたが、勇気を振り絞ってナイトに挨拶を返す。「レルゲン・シュトーゲンです。初めまして」「とっても礼儀正しい子ですね。初めましてこんにちは。今日から貴方の魔術の先生になりました。これからよろしくお願いしますね。シュトーゲン君」ナイト先生の授業はとても難しく、魔術理論に関してはさっぱり理解できなかった。それでも、何日かに一度の課外訓練は楽しかった。「ねぇナイト先生、今日は何を教えてくれるの?」「そうですねぇ、シュット君は座学がまだまだですが、実技が素晴らしいですからね。今日は念動魔術について教えようと思います」「それ知っているよ!お屋敷の人がよく使っている、魔力の糸を使うんでしょ?」「そうです。でもこの魔術は、お屋敷で使える人はいないと思いますよ」「そうなの?どうして?」「魔力で糸を作らず、ただ自分の意思のみで有りとあらゆる“事象の操作”ができる魔術です」「事象の操作?」ニコッとナイト先生が笑う「例えばそうですね。シュット君、今欲しい物はありますか?」「うーん、新しい剣が欲しい!」「それはまた何故でしょうか?」「お父さんが言っていたの。真の戦士は、剣と魔術、どっちも一流?なんだって!」「それは素晴らしい考えですね。私は魔術以外が全くなので、もしそれができるようになったら、シュット君は私以上になれ
次に彼が目を覚ましたのは、闘技大会があった日から三日後だった。「お姉さん!お兄さんが目を覚ましたよ!ほらお姉さんも起きて!」「えっ!彼が起きたの?」机に突っ伏して寝ていたマリーががばっと勢いよく起き上がる。「はしたないぜ、嬢ちゃん」少し呆れながら笑い、差し入れと思われる袋を片手に扉を開ける白髪の剣士。「うるさいわよ、ハクロウ」徐々に意識がはっきりして、全身の痛みに気が付く。手には厳重に包帯がまかれ、全身にも薬草を染み込ませたであろう包帯がグルグルとまかれていた。マリーに起こしてもらい、ゆっくりと座る。「そういえば、アンタの名前、聞いていなかったな」「なんか遅すぎる気もするが。自己紹介をさせてもらうぜ。俺はハクロウ。姓はない。ボウズ、嬢ちゃんを護ってくれて感謝する。あれは俺じゃどうにもできなかった。本当にありがとうよ」「それで?そろそろ貴方の名前を教えてくれてもいいんじゃないの?私の英雄様」少し考える。だが、短期間とはいえ共に過ごした中だ。この人達なら、きっと受け止めてくれる。「俺は……俺の名前はレルゲン、レルゲン・シュトーゲン」場が一瞬凍り付く。だがその場を引き戻したのは、やはりマリーだった。「レルゲン…もしかしなくても「旧王朝」の名よね。学が高いことを言うと思っていたわ」未だに緊張している状態のハクロウ。今ここに剣があったとしたとしたら、恩知らずな行動に走っていたかもしれない。「ハクロウ、彼は経歴はともあれ、暗殺されそうな私を助けたお方よ。控えなさい」「すまねぇ、頭ではわかっちゃいるんだが、どうかしちまってるな。でもよ、感謝していることだけは本当なんだ。信じてほしい」「いいさ、こうなることをわかって俺も名乗ったんだ。気にしないでくれ」「なんか難しくてよくわからないけど、みんな仲良しってことだよね?」「そうよ。みんなで乗り越えた。だから仲良し!」「おいしいところは全部レルゲンが、いや、やっぱりボウズはボウズだわ。このボウズが持って行っちまったがな」「もう!水を刺さないでよね」下の方から賑やかな気配を察してか、女店主が一声かける。「この街の英雄様がお目覚めなのかい?賑やかなのも結構だけどさ、水でも持っていってやんな」「あたし行ってくる!」元気に階段を降りていく店主の娘。どうやら宿屋の親子
「貴方の企みは潰させてもらったわ」「お前に話すことは許可していなぁぁぃいいい!!!この卑しい雌豚がぁ」今までの口調とは打って変わり、中性的な声からドスの効いた男性の声へと変わる。「いやぁあん、ワタクシッたら。いっけなーい!てへっ?」(上空からすでに投擲していることに気づいたか!勘のいい奴だ)幸い魔物の動きは鈍い、耐久力と、攻撃、防御力が高いタイプだろうことは魔力反応を見ればわかる。闘技場の上空は幸い何も障害となる建物がなく、青々とした空が広がっている。「そこからお退きなさい、アシュラちゃん」(主人の命令には従うタイプだな)「いやねぇ、不意打ちだなんて。せっかくのお祭りなんですもの。もっと楽しみましょ?それに貴方、随分とこちらを探っているようだけど、狙い通りにいくかしらね?」「さあな」投擲された剣がアシュラと呼ばれた魔物めがけて飛ぶが、これを必死に躱そうと動く魔物。空中で自動追尾された無数の剣たちは正確に魔物へと突き刺さる、はずだった。重力と念動魔術を合わせた剣の雨は正確に魔物へと命中したが、体を覆う甲殻のようなものが剣を弾いた。ガキィイインン!!!大きな衝突音が響き渡る。まるで剣と剣が衝突したときに出るような轟音。剣は衝撃に耐えられずに派手に火花を上げて粉々に砕け散り、ユニコーンを屠った時以上の攻撃があっさりと防がれる。残った剣は空中に帯同させていた二本の剣のみ。「あっらぁ?アシュラちゃんが強すぎて、全く攻撃が通らなかったわね?じゃあ次はこっちから行っちゃおうかしら!ここで息の根止めてやるわ、雌豚」「あいつ、殺すわ。二回も、二回も雌豚って言った!」「高尚な術が使えるようだが、用い道がいけねぇ。老体に鞭打つときかね」二人の絶対殺す宣言に、彼は少しだけ引いた。「あら?やる気?この五段階目のアシュラ・ハガマに勝てると思っているのかしら、ね!」五段階目の魔物。中央王族機構筆頭の近衛騎士団が束になってようやく足止めできる強さの魔物と言っていいだろう。その大人数で相手する魔物をたった三人で相手しなければならない。加えて、まだどんな手段で攻撃を行うのかわからない仮面の男。素人目にも、戦況は絶望的だった。言い終わると同時に暗殺ギルドの長らしく黒く塗りこんである暗器をこちら目掛けて投擲してくる。マ
まばらに逃げ始めている観客を避けつつ、もうじき魔物がいる場所まで辿り着いた。魔物が近くなるにつれて、彼らとは逆方向に逃げる観客が増えてくる。それにぶつからないように速度を殺さず向かうと「ガァァァアアアア!!!!」魔物の声が響いている。幸い魔物を避けるように観客が退避はしているが、いかんせん戦闘するには狭い空間だ。魔物が移動したら被害が大きくなるのは必至。(あれはウルフファング…!)「俺が牽制する!その隙に一撃頼んだ」「分かったわ」魔物を視認する。ウルフファングは三段目の魔物だが、近々四段目に昇格するのでは無いかと噂になっている。主な生息域はユニコーンと同じ森の奥地。本来群れで行動することで知られているが今回は一頭のみ。成獣だと思われるが、先程の咆哮といい、まともに音圧を受ければたちまち体が数秒間硬直して動けなくなる。既に躱した観客の中にも硬直し始めている人もいた。今はまだ魔法陣付近にはいるが、いつ動き出しても不思議はない。「また咆哮がくるぞ!」(先程よりも大きい咆哮を出すつもりか)彼らが接近してきたことに対する、臨戦体制に入ったことへの合図。「咆哮は何とかする!構わず突っ込め!」ウルフファングが咆哮を上げるよりも早く、自分とマリーの耳に小さいウォーターボールを出現させ、耳を保護。「きゃっ?!」と驚いたような声を一瞬あげるが、速度は緩めずにウルフファングまで駆ける。加えてすぐに音の衝撃波の直撃を防ぐために、帯同していた十本の剣を横一列に並べる。「ガァァァアアアア!!!!!!!」先ほどとは比べ物にならない音圧でウルフファングの咆哮が響き渡るが、二重に対策された二人は硬直することなく突っ込み続ける。咆哮が終わったとほぼ同時に剣の間合いに入り、下段から垂直に首元へと真っ直ぐ軌道を曲げられた二本の剣が、ウルフファングの首を捕らえたかに見えたが、四段目に昇格が控えているだけあって反応が速い。薄皮一枚を切り裂き小さく鮮血が上がる。上体が逸らされ更に懐が広くなり、この隙間にマリーが素早く潜り込む。戻ったときにはマリーが頭の真下に位置取り、うまく死角に入った。「やぁぁぁああああ!!」裂帛の気合いで死角からの一撃。元々の剣の切れ味の良さも相まってか、滑るようにウルフファングの首が落ち、魔石へと還る。
後一歩のところで上空に感じた覚えのある魔法陣が闘技場全体を覆う。お互いに戦闘を瞬時に中断し、何が起きているのか情報を集めようと周囲を見渡す。(これはユニコーンの時と種類は違うが、同じ奴が起動しているな。となると魔法が飛び交っていた闘技場の魔力を使ってまた魔物を召喚するつもりか?だがそれならもう対策はある)彼が右手を空に掲げ、自身の知覚できる感覚を広げる。仮想的に可視化させた周囲の環境を取り巻く魔力を一点に集めるべく、魔力糸無しで念動魔法を発動させる。だが、彼の思惑通りにはならなかった。確かに魔術の発動は出来た、一瞬だが周囲の魔力を集めることも。しかし、魔術の「継続」が出来ない。(これは、消滅魔術か…!)消滅魔術とは魔法や魔術の発動を検知、即ち魔力が体外に放出された段階で消滅させる魔術だ。これもまたユニコーンの時と同じ魔術師がやっているのだろうが、こんな代物扱える人物など世界に数えるくらいしかいないユニーク魔術に近いほど珍しい。ここで始めて事の重大性に気づく。(どんなに犠牲を払ってでも消したい奴がこの中にいる…!)足に魔力を込めて垂直跳びをする。純粋な筋力による跳躍と、魔力による跳躍の付加。その高さおよそ二十メートル。跳躍しきってから念動魔術による空中浮遊が即座に消滅魔術によって落下を始めようとする。しかし落下を始めるよりも速く、念動魔術を再度発動。再度、念動魔術の消滅。再度、念動魔術の発動。この消滅と発動の繰り返しを高速で繰り返すことで空中浮遊を維持する。始めに魔力を集めようとした方法を思い出し、空中の残存魔力の流れを感知、魔法陣の位置を逆探知する。(一、二、三、四……五個だな)五か所から魔力を吸い上げており、星形の頂点を位置する場所に魔法陣が張られているようだ。観客はまだ彼女との戦闘の最中で彼がルール違反をしたと思っている。空中浮遊を解除し、大会運営に用意されている椅子が集まる上座目掛けて移動する。この異常事態を伝えるために大会運営席に到着したが、一歩遅かった。黒衣のフードに身を包んだ連中が、恐らく毒が仕込んである武器を片手に運営陣を拘束している。それを見た彼は毒武器を魔力糸無しで操り、毒武器の所有者に向けて刃先を強引に向かわせた。何とか抵抗しようと力を込めるフードを被った賊の抵抗空しく
大会もいよいよ最終戦木剣のみの打ち合いになる相手はどんなお貴族様かと思っていたら「なるほど、相手は君か」「ええ、まず試合が始まる前に謝罪をさせて頂戴。私が有利になるルールに何度も変えさせて」「いいさ、結果は変わらないからな」「ふふっ、貴方そんな冗談も言えるのね」その冗談とは、これほどまでの縛りルールでも勝てると思っているのか。またはそんな減らず口を言えるタイプだったのかと思っているのかは分からないが、お互いに決勝まで駒を進めてきたもの同士。気分が高揚していた。「特別試合、始めてください!」最初に動いたのは彼女の方だった。木剣の種類は彼女の背丈には不釣り合いな長さで、両手で主に扱うロングソードに近い形状。それを片手で簡単に上段へ振りかぶり、飛び上がる。剣本来の重量と、彼女の並外れた膂力。飛び上がってから振り下ろされるまでの間に落下する重力を掛け合わせた、必殺の一撃。一連の動作速度も申し分ない。これをまともに受ければ幾ら彼でも木剣を破壊されて試合続行不可能となり判定負けとなるだろう。だが、巨大な威力を持った一撃を受け流す方法は白髪の剣士との対決でよく「見た」彼女の一撃が彼の剣に当たってから、上体を捻りながら剣同士を滑らせて受け流す。「なっ」(その技は先生の…!)(悪いな嬢ちゃん、技見せすぎた)このまま剣を滑らせながら前進し、彼女の腹に一撃を加えて試合終了かと思いきや、片手で振り下ろされたロングソードを両手で持ち直し、無理矢理空中でガードの体制を作る。木剣同士が打ち合い、彼女が開始位置まで飛ばされるが、これを自慢の膂力で何とか姿勢を崩さない。着地の際によろけるなら、そのまま追撃をしようと準備していた彼だったが、不発に終わる。「貴方、真似っ子は随分とお上手なのね」「そちらこそ、見た目によらず力強すぎるだろ。何食ったらそんな力つくんだよ」「失礼な!食べているものは普通よ!」食べる量について言わない辺り、大飯食らいなのかなと思ったが、その後の展開が容易に想像できたのでやめておく。今度も先に仕掛けたのは金髪の彼女。だが今度は飛び上がらずに地上で細かく攻撃を仕掛ける。彼はまだロングソードの遠い間合いで、あたかもショートソードの用に扱う彼女に対応がやや遅れている。それでもまともに打ち合わず、躱し、いな